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6割のフィクションと2割の嘘1割の真実で構成されております。

いっしょう分の後悔

 

普段、電車の中では音楽を聴いているが、人が少なく座れる時は携帯を見たり本を読んでいたりする。そういう時はイヤホンを外している。

今日もそうだった。

最近はノイズキャンセリングが優秀なので電車の中が騒がしい事を忘れていた。

そんな中、母親と子供のペアが二組で乗ってきた。親同士の仲がいいのか、子供同士の仲がいいのか、随分と楽しそうだった。

一人の母親が言う。

「電車の中では小さい声でしゃべりなさいね」

当たり前の事ではあるが、きちんと教育をするのは良い事だと思った。

子供たちも言われた通り、何やら小言で話していた。

 

私は再び本を読むことにした。

最初の内は気にならなかった。本に集中出来ていたからだと思う。

しかし、区切りのいいところまできて気が付いた。

母親同士が会話している。それも結構な声量で。

 

まぁ、そういう事もあろう。

善人しか善悪を説いてはいけないなら、一体誰から善行を学べばいいと言う話になる。

それにギリギリ迷惑ではないぐらいの声量だ。

気にしない。再び本に目を落とす。

 

しかし、区切りが良かったのも相まって、完全に集中力が切れていた。目が滑る。下まで読んで上に戻る時に同じ行を読んでしまう。読めたとしても、内容が理解できず何度も読み直す。

駄目だ。電車のモーター音まで気になってきた。

まるで回転するタイヤにブレーキを押し付けて擦れている様な音がなっている。

母親たちの声もかき消されないように大きくなる。

電車が速度を上げる。

モーター音が高くなっていく。

負けじと声を張り上げる母親。

普段こんな音がしていたか不安になるぐらい騒音だ。

もはや母親は叫んでいる。

それでも電車は加速していく。

やめてくれ。

そう思った時、社内アナウンスがあった。

「次は○○駅~」

電車はゆっくりと減速していく。それに伴い、軋むモーター音も徐々に落ち着いていく。これで静かになると思った。

しかし、母親たちの声は戻らなかった。負けじと張り上げた声とテンションはそう易々とは収まらないらしい。減速していく車内で声が響いている。

しばらくして気が付いたのか、声のトーンが下がる。それと同時に駅に着き扉が開いた。

私は電車を飛び出し、一両前に再び飛び乗った。これで平穏が戻った。

私は本を取り出し、区切りの着いた処から読み直すことにした。

やっぱり、環境は自ら変えるべきだ。もう一駅分あの車両に居たのなら、

私は一章分は読み直すことになっていただろう。