今日もフライパンが笑ってる。
毎朝、珈琲を淹れる。
習慣と呼んでいいのか判断に困る程度に繰り返している。
珈琲を淹れるには当然お湯を沸かす必要があるわけだが
私は朝から水の量を厳密に測るほど几帳面ではない。
大は小を兼ねると言うように大抵は多めにお湯を沸かす。
書いていて不思議に思ったのだが、
『お湯を沸かす』という言い回しには少し違和感がある。
沸かしているのは水で沸かした後にお湯になるのだから
氷を凍らせているようなものである。
話を戻すと、私は几帳面ではない。
使う器具は、薬缶でも小さ目の片手鍋でもなくフライパンである。
するとどうなるか。
ご丁寧に鼻までついている…
よく聞くけど、全く覚えられない現象の一つ
事象に名前が付くと趣深く感じる場合と陳腐に感じる場合があるが、この場合は後者だと思う。
「シミュラクラ現象」と言うより、「フライパンが笑っている」と言う方が好みである。
という訳で、何がどうという事ではないのだが、
ここ最近フライパンの機嫌が良いので楽しいよと言う話だ。